「先進的な」単一の治療法にこだわることなく、経済的事情など飼い主の要望に応じた獣医療を提供することにより、飼い主の負担を軽減し、飼い主がペットを飼い続けることをサポートしようとする考え方である「治療スペクトラム(Spectrum of Care:SoC)」について、Brown(2021)らの“Spectrum of care: More than treatment options.”※1を参考に見ています。
SoCに必要なこと
コミュニケーションの強化
SoCによって、従来では獣医療が受けられなかったであろうペットに獣医療を受ける機会を与えることができますが、そのためには獣医師と飼い主(クライアント)との関係強化が重要です。そのためには「オープン・クエスチョン」や「反映的傾聴」といった傾聴のスキルが有効です。
獣医師が飼い主と強力な関係を築くことにより、飼い主が気持ちよく受診することができますし、治療効果も向上します。また獣医師としての経験値が向上します。そして最も重要なことは、結果的にペットの健康と福祉が向上することです。
「成功」の評価基準のパラダイムシフト
獣医療における「成功」とは、疾病の完治や慢性疾患の安定的管理、または寿命の延長といった指標で評価されがちです。飼い主の要望に応じペットに比較的低廉な治療を施した際に、「最先端の治療を施せばもっと良くなるのに」とモヤっとした気持ちになるのは、獣医師として自然なことです。場合によってはそれが精神的ストレスの要因になりかねません。しかし飼い主の要望に応じた治療を行い(もちろんそれが効果的であることが前提ですが)、結果的に飼い主がそのペットを飼い続けることができるのであれば、それは「成功」と言ってもよいのではないでしょうか。こういったいわゆるパラダイムシフトが、獣医師やスタッフの職業上の達成感を高めることにつながります。
獣医師の判断を押し付けない
獣医師が自ら判断することなく、選択肢に自信をもってSoCを実践することは、受診率を向上させ、飼い主が最善の決定を下すことを促します。
科学的・合理的な判断
とはいえ、飼い主の要望に応えればそれでよいというわけではありません。選択肢の提示にあたっては、エビデンス(科学的根拠)や費用、その他の考慮事項をふまえつつ、獣医師と飼い主とのコミュニケーションによって導き出す必要があります。
まとめ
以上のとおり、SoCは飼い主の要望に応じた獣医療を提供するということに留まらず、ペットの健康と福祉を向上させ、またペットの飼育放棄を防止することにもつながります。こういった目標を達成するには、個々の獣医師だけではなく業界全体の努力が必要であり、おそらく獣医学教育の見直しも必要になるでしょう。(おわり)
※ Brown, C. R., Garrett, L. D., Gilles, W. K., Houlihan, K. E., McCobb, E., Pailler, S., Putnam, H., Scarlett, J. L., Treglia, L., Watson, B., & Wietsma, H. T. (2021). Spectrum of care: More than treatment options. Journal of the American Veterinary Medical Association, 259(7), 712-717. https://doi.org/10.2460/javma.259.7.712